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そのへんの交差点

スクランブルなほどには交錯しない、きっとありふれた、でもここにしかないお話

「もうダメだ」、逃げた、そのあとの話

 

昨年の過労死事件以来、「ほんとうにしんどいときは」『逃げろ』『逃げていいよ』『逃げるべき』、「そもそもほんとうにしんどいときってこういう状態のことだよ」ということをわかりやすくメッセージとした漫画などが、Twitterでよくバズっているのを目にするようになった。たとえばこれ。

 

「死ぬくらいなら辞めれば」ができない理由 

http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=manga&illust_id=59686181

 

 

「しんどいとき」『逃げる』ということがネガティブな意味だけで捉えられなくなったことは非常にいい傾向だと思う。中高の部活動など、『逃げるな』を教えられる機会は山ほどあるけれど、『逃げていい』を教えられる機会は現状の学校教育ではほぼないと言ってもいいだろう。

しかし「うつ」がある種の市民権を獲得しつつある現代、というかSNS時代では、『逃げ方を知らない』ことへの警鐘はどこそこで鳴らされているし、具体的な『逃げ方の教授』もちらほら見られるようになった。検索をかければ、専門家や経験者が『甘えじゃないよ、逃げていいよ』と語りかけてくれる記事は数多存在する。美化された根性論は少しずつダサいものと認識されるようにもなってきた。少しずつでもこれはきっと進歩だ。

 

 

かく言うわたしも、労働問題ではなく個人的な問題だけれど、昨年に「もうダメだ」と思った瞬間を経て、そして逃げた。具体的に言うと、ある日ある出来事をきっかけにいっぱいいっぱいになってしまって、ふらふら歩いているとふと大通りが目に入り、「死にたい」とか「死のう」とか考えるより先に、自分がその車道にとび込む画が見えた。ああもうダメだと悟ったわたしは、学校へ行くのをやめた。(行けなくなった、と言った方がただしいかもしれないけれど。)東京から遠く離れた鹿児島の実家に帰ってしばらく過ごし、頂いていた内定も書きかけの卒論も全部投げうって卒業を見送った。

逃げることそれ自体はこわくなかった。と言うより、逃げる以外に生き抜く方法がなかった。逃げる手段なんて選んでいる暇はなくて、当時のすきな人や姉や両親に迷惑を振りまきまくって逃げた。とにかく逃げた。なんだったら実家からも逃げた。

*このあたりの話の詳細はこっちの記事に。

鬱の子どもが両親に向けてずっと言えなかったこと - そのへんの交差点

 

 

 

時を経て3月、おそらくはた目には(一応自意識としても)、復調の方向に進んでいた。元内定先の人事部長のはからいで、求人記事などを書くライターアルバイトとして、週に3日働いている。友達と遊びに行ったりもする。引っ越しもした。彼氏ができたりもした。2回目だし今年はそれなりに就活してみようかな、なんてリクナビ2018に登録したりもした。今年の目標はスペインに行くこと、なんて言ってお金を貯めようとしたりしている。睡眠導入剤にはまだ少しお世話になっているけれど、安定剤はほとんど飲まなくなった。人は言う、「大丈夫そうでよかった」。わたしは言う、「うん、大丈夫だよ」。

 

ところが先週から今週にかけて、わたしはまた少しつまずいている。

 

理由なんてない。いや、たぶん分解すればたくさんあるのだろうけれど、ひとつひとつなんてきっと取るに足らないことだ。鬱はそういうものである。花粉症みたいに、ある日不意に容積を超えて溢れてしまう。

わたしは『逃げること』を知っている。だからいま逃げている。会社の上司に不調の旨を伝えると、わたしの状態に理解ある彼女たちは快く当日欠勤を受け入れてくれた。冷静に考えて当日欠勤なんて“社会人”として最も無責任な行為だ。出来過ぎな対応でむしろ心苦しい。

 

 

さて、問題はここからだ。「わたしはどうやってまた走り出そうか」。

 

 

鬱のどん底にいるときむしろ人は死ねない・死ににくい、という話を聞いたことがある。死ぬための気力体力さえないからだ。どん底にいるときははた目にもわかりやすいため、周りのサポートも入りやすい。病院に行けば処方された薬も一助になる。

実は一番危険なのは、少し復調してきた時期らしい。どん底のときに比べると気力体力があり、いくらか将来への希望なんてものもあり、周りも安心して手が離れはじめる。薬も減らしたりするかもしれない。こんな時期、たしかにベクトルは上向きかもしれないけれど、状態としてはどん底を抜けたというだけで、鬱の絶対量として見るとまだまだ危うい位置にいる。このときふっとなにかの均衡が崩れた瞬間に、自殺を遂行できてしまうそうだ。周りはきっと後で言うのだろう、「もう大丈夫だろうと思ってたのに」。それは本人にとってもそうだったのかもしれない。だからこそ、なのだ。

 

そのことが、正直いま少し実感を持ってわかる。「大丈夫だね」と言われるたび、「大丈夫だよ」と応えるたび、なにかが自分の中で軋む音がする。「大丈夫」というおまじないは、鬱っぽい人間にとっては諸刃の剣だ。「大丈夫」を言い聞かせることでつよくなれることもあれば、「大丈夫」にとらわれて窒息しそうになることもある。

死ぬつもりはないけれど、去年よりよっぽどいまの方が「死ねる気がする」。死なないけど、ね。

 

復調の最中で少しつまずいているいま、「ふっと死ねてしまう」ようないま、でもはた目には「元気そう」ないま、さて『わたしはどうやってまた走り出そうか』。

 

どん底に着けばあとは上がるだけだ。どんな動きだとしても動きさえすればそれは「また走り出した」ことになる。けれど微妙に浮上して不安定に上向きないま、一度止まってしまうと、また走り出すにはどん底のときよりむしろ馬力が必要なように思う。

 

現に、お恥ずかしい話だけれど、わたしは今日も仕事に行けなかった。今日こそ行くつもりだったのに。準備まで済ませてねむったのに。余裕で間に合う時間に起きたのに。仕事が嫌いなわけでは決してないのに。みんなやさしくしてくれるのに。なにより、月曜にはじめて休んだときのように、「ぜったいに無理だ」と思うほどつよい不調ではないのに。今日は行けそうだな行きうるな、と思ってるのに。それでもダメだった。

『甘え』という言葉がよぎる。鬱が甘えだなんて古くさいことは思ってもいないはずなのに、それでも、やっぱりいまの自分をそう捉えてしまう自分はいる。なんてったって、「いまわたしはどん底のときに比べるとずいぶん元気」だからだ。

 

 

馬力の出し方がわからない。どう駆動すればいいのかわからない。わたしはどうやって日常を回してたんだっけ。もっと社会に適合できる人間だったはずなんだけど。

 

 

 

 

つらつらと書いてみたけれど、正直なところ答えはわからない。

でも、たぶん、少なくとも自分で自分に「大丈夫」の呪いをかけるのはやめた方がいいのかもしれない。人に「大丈夫じゃない」姿を見せられない人間であればあるほど、自分くらいは自分に「お前まだ大丈夫じゃねーだろ」って言ってあげないと、気付いたときにはもう窒息寸前になってしまう。「お前まだ全然大丈夫じゃねーだろ、生き急ぐな、ゆっくりぼちぼち歩け」、せめて自分にそう言ってあげられるようにはなりたい。

 

馬力なんて出るべきときに勝手に出るって。だから、ね、ぼちぼちやろうな。

 

 

ほぼ2万字のラブレター:2016年のありがとうを込めて

 

さて、先日のブログにたくさんの反響をいただき、みなさまほんとうにありがとうございます。

思えば、みなさんに支えられて自分はいま生きているなと痛感せざるをえない次第でございます。大変有難いことです。

 

そういうわけで、わたしの愛(という狂気)をここらで本領発揮させたいなと思います。2016年の締めくくりもかねて。

 

ブログにリアクションくださった方、あるいはわたしがこの度お世話になった方全員に、そりゃぁ真剣に思いを綴らせていただきました。結果から言うと2万字近くなりましたね。(このエネルギーがあれば卒論を書けたのではないか……というご指摘はどうかご容赦ください。)まぁ途中にも注意書きで書いたんですけど、悪いクセで世話になった人にこそ言葉少なな傾向があったりなかったりしますが、文章の長さに関係なく、気持ちが届いてくれたらな、などと傲慢にも思わせてください。

 

では、がんばってスクロールして自分の名前を見つけてください。(万が一億が一名前がなかった場合はわたしをぶん殴ってください。)

 

ありがとうと愛してるを綴っているときくらいしか、きっとわたしは命を燃やせないので、ネ。

 

さーていきますよ。どうぞごゆるりと。

 

 

 

 

【ブログを読んでメッセージ、コメントをくださった方々に】

 

<至れり尽くせりしてくれたあなたへ>

 

・はるの

はるのとはじめて出会ったのって幼稚園年少だから、3歳?4歳?そう考えるとずいぶん長いね。つーとかあかんちょは小学校からだから、やっぱりはるのはなんか長いなぁって感じがする。

はるのとは幼稚園のころから一緒にやんちゃやってたよね。小学校のプールに隠れて侵入して、順子先生にめちゃくちゃ怒られたの覚えてる?(笑)あれたしか、順子先生が来る!ってなって逃げようとして、わたしとはるのは柵を越えられたんだけどかおすが越えられなくて(あれ、はるのの方だったっけ?)、結局三人で身をひそめたんだよね。バレバレだったけど。笑

小学校に上がってからもとりあえずませたくそガキたちだったね。初恋の人をシェアするわ、河原でえっちな(小学生に相応しい?レベルのえっちな)妄想を語ったり。振り返れば、あんなのはるのとじゃなきゃできなかったわ。笑

わたしが私立の中学に行って離ればなれになって、そこからはちょっと疎遠になって、はるのは一時期すごいギャルになって「どうしよう!わたしなんかが近寄れない!(自分の化粧が貧弱すぎて!)」とか思ってたけど、成人式のときに少ししゃべって、ああはるのはやっぱりはるのだなって思って、なんか安心したの覚えてるよ。

 

今回の帰省でまず「会いたい」って声かけてくれて、ブログ読んでからも改めて「事情知らなくてがっついてごめんね、でも会いたかったの」ってすごいあったかい長文メッセくれて、かれこれもう10年以上ほとんど交流のないわたしにそんな言ってくれるなんて、ってじーんとしちゃった。

結局飲みは厳しそうだからってことではるののネイルサロンに行ってネイルしてもらいながらのおしゃべりになったけど、正直あんなたのしいと思わなかった!途中ふたりとも爆笑しすぎておなか抱えちゃってネイルどころじゃなかったよね(笑)。思い出話はもちろん、お互いの会ってない間の話もたくさんできてほんとうによかった。

はるのが、「すっちゃんは昔からがんばりやさんだったよね。幼稚園のころお絵描きの時間にさ、みんなもちろん絵しか描いてないのにすっちゃんはひらがなも書いてて。『なんでひらがな書けるの?』って訊いたら『家で練習してるから』って。あたしびっくりして家でお母さんに言ったの覚えてるもん」って、そんなこと自分ではまったく覚えてなくて、その話されたときがやたら泣きそうだった~~。「すっちゃんのことは昔から大好きだったから覚えてるよ!」って泣いちゃうじゃんもう。

はるのはさ、「あたしは馬鹿だから~」って何度も言ってたけど、わたしははるののことほんとうに立派だなって思ってるよ。大学でへらへら遊んでるような奴より、23歳で独立して小さくてもちゃんと自分のお店持って仕事してるの、ほんとうにすごいと思う。心底尊敬してる。たぶんこれから経営とかでもたいへんなこともたくさんあると思うけど、自信持ってね。

 

特にこの帰省期間は、ほんとうにはるののやさしさに救われたように思います。帰りにプレゼントでお菓子までくれてほんとありがとう。最後の最後まで気遣いを、、、(;;)てか、ネイルまじでかわいい最高!!!!!この文章書きながらも何回も眺めてる。ネイリストさんって元気をくれる魔法使いみたいだなーって改めて思った^^

今度はちゃんと元気になって帰ってくるから、一緒に飲もうね。結婚式もたのしみにしてまーすっ^^

20年近く、わたしの友達でいてくれてありがとう。これからもよろしくね。

 

 

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・千聖

ちさとーーーーー!!!4歳年上のおねえさんを呼び捨てにしていいのかわかんないけど第二のお姉ちゃんってことでゆるして!笑

たぶん世間では「姉の親友」ってたいがい関わりない他人だと思うんだけど、ちさとは昔からずっとわたしのことかわいがってくれてたよね。お姉ちゃんとちさとが高1のときはわたし中2か~~。中高一貫の中学と高校じゃなかったらあんなに顔合わせたりすることなかったよねえ。

ちさとは高校のころお姉ちゃんとずいぶんやんちゃしてたよね←。お姉ちゃんとふたりで家出したり、中高合同の全校朝会でお姉ちゃんと連名でマイクで呼び出されたり(笑)。ちさと、めちゃくちゃ強くていかつかったイメージある!!!!←

よく覚えてるのがさ、なんかわたしが中学でいじめっぽいのにあってたときさ、「すっちゃんハブにするとかゆるせない!!!!すっちゃんハブった奴らわたしが全員シメる!!!!」みたいな感じでちさとがブチ切れてくれた、ってこと(たしかお姉ちゃんに聞いた、笑)。そのころから、ちさとはやさしいし頼りがいがあるなぁ~~なんて思ってたよ。実際そんな言ってもらえるだけですごく心強かった。

 

今回、ブログ書いたことでいろんな人からメッセージもらって、それは全部嬉しくて優劣とかつけられないんだけど、ちさとのメッセージの第一声はほんとに神だなと思った。「すっちゃーん!田舎だからコンビニめっちゃ遠いでしょ。タバコ残りまだあるー?」って。ブログにも鬱のことにも触れずに、それでもめいっぱいのやさしさが詰まったメッセージで、じーんときすぎて震えちゃったよ。ちさとの持ち前の気遣い力と、その人に合わせた配慮ができる能力と、そんでもって元ヤンって過去があってこそ言えたセリフだなって思います(笑)。

それに、足りてるよありがとうねーなんてやりとりしたのに、まさかサプライズで次の日届けに来てくれるなんて!しかもサプライズすぎてわたしおうちにいなくて会えないなんて(泣)!ちょっと大きめのプレゼント袋が家にあって、お母さんが「ちさとがくれたよー、お菓子だって。なんかパンツも入ってる?かもしれない?」って言われて、パンツ?????と思いながらも開けてみなよってうながされて中覗いたら、わたしの吸ってる煙草がカートンで入ってて、思わずふき出して自分の部屋に走って逃げたわ(笑)。あれ、パンツとかって言ってたのは、うっかりお父さんが開けてわたしが煙草吸ってるのバレないようにしてくれてたんだよね? 配慮が完璧すぎるよ~~。それに、アークロイヤルってコンビニに売ってない煙草だから、たぶんずいぶんタバコ屋探してくれたでしょ? ほんとにごめんねありがとう(;;)。ちさとの思いやりが全部全部身にしみた日だった。

 

ちさとが女将さんがんばってる話、姉のみならずお父さんお母さんからも聞いてて、その度にすごいなぁって感心してます。なんか前にどっかで、「仕事内容の種類が一番多い職業は女将」って聞いたことあるけど、たしかに接客はもちろん会計とか掃除とか教育とかも……(わたしの想像力じゃ限界が……)、たぶんたくさんの仕事をあれもこれもこなさなきゃいけないんだよね。昔はあんなやんちゃだったちさとがこうやっていましっかり働いてるのって、きっとしき君のためなんだろうなって思うと、ママの偉大さに頭が上がりません。

おまけに忙しい中でお姉ちゃんの新しいお仕事も手伝ってくれてありがとう。ちさとのウェディングドレス姿ほんとうに天使でしかなくて、美しすぎて見る度にため息が出ちゃう。撮影のためにごはん抜いてくれたりしたんだよね? プロ意識に尊敬しかしてないよ~~>< ほんと、aronaにとってもわたしたち姉妹にとっても、最高のモデルさん!

 

結局今回の帰省では会えなかったけど、今度こそはぜひ……!ちさともがんばりすぎて折れちゃったりしないように、息抜きながら休みながら、すてきな女将さん、すてきなママになってね。お姉ちゃんのことも、ずっとずっとよろしくね。

 

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<メッセンジャー or LINEで直接メッセージをくれたあなたへ>

 

・志保さん

高野さんのイベントで1回会っただけすぎて、呼び方も確立してないしそもそも敬語だったっけタメ語だったっけ!?くらいの距離感なのに笑、たしかメッセージをくれたのは一番のりだったと思います。はやかった(笑)。たいして志保さんのこと知ってる人間じゃないけど、まずさいしょに具体的なアドバイスから入る感じが、なんとなく志保さんらしいなぁなんてうれしく思いました。この距離感だからこそ逆にメッセージ送るのハードル高そうな中で、それでも思い立ったら即!言葉をくれる志保さんは素敵だなってしみじみしております。また会えたら、そのときはとりあえず呼び名と語り方を確立させたい(笑)。たのしみにしてる!

 

・えん

えんとは半月前のキャンプで知り合ったばっかりなのに、勝手になんだかもっと古くからの知り合いな気がしてます(キャンプの魔力かな……?笑)。キャンプのときから、えんのサバサバした感じ、というか、さっぱりしてる感じなのに言動にじわじわくる面白さがあるというか笑、そういうところがすごい好きだなーーー!!!!!って思ってました。(これほんと!!!姉貴と帰りながら何回か「えん好きだわー」って言ってた。笑)声のかけ方が取材!??!ってのはさいしょびっくりしたけど、わたしも物書きの端くれとして、自分の文章がえんの目に留まってくれたのは嬉しいなと思ったし、単純に改めて会いたいなと思ってたからたのしみができてありがたい^^ また連絡します!ふたりにとってすてきな時間になりますように。

 

・亘さん

メッセージの通知を見てほんとびっくりしました(笑)。わたしは結局こまば秘密基地で亘さんに会ったことが……な……い???????(あったらめちゃくちゃごめんなさい←)でも名前だけはすごく覚えてました!「あなたのことあまり知らないけど、元気出してください」って一言目がちょっとツボすぎて、しばらくひとりでにやにやしてましたごめんなさい←。わたしも亘さんのことあまり知らないけど、この文言に亘さんのやさしさがぎゅっと詰まってる感じがして、勝手に素敵な方だなと思っております。わたしも一言で誰かをこんなにあったかい気持ちにできる人間になりたい……^^ いつかがもしあれば!いつか!お会いしましょう!!!笑

 

・はやけん

はやけんとは企画メシ同期の中で一番心の距離感は近いなーと勝手に思っていて、それは同じ大学4年だったからってのもあると思うけど、やっぱ一回ふたりで飲みに行ったのはでかいと思うんだよね~。結局なんだかんだいまだに、企画メシでサシ飲み実現してるのはやけんしかいない(笑)。映像と文章、メディアは違えどお互い表現者になりたくってでももがいてて、共通点もありつつ、だけど前に進める・進めないの判断軸というかハードルみたいなのはそれぞれいい感じにズレてて。だから片方がうじうじしてるところに片方が「やっちゃえよ!」って言えるのは、すごくバランス取れてていい関係性だよななんて思ってます。わたしはあと1年学生身分になったから()また自由に挑戦していくからぞいーーーーー見とけよ!!!!^^ そしてまた次の飲みもたのしみにしてる。

お互いがそれぞれの場所でちゃんと羽ばたいて、何年後かには企画メシの先輩方を越えられるような!存在になれますように。

 

・はっしーさん

「すみれ、そろそろ会おうか。」ってはっしーさんのメッセージに、今回のみならずいままで何度救われてきたことか……。思えばはっしーさんとはもう2年以上の仲で、出会ったきっかけはイベントで「すれ違った」くらいのアレだったのに、(いまだから言えるけれど、はじめて会いましょうってメッセージもらったときは、「あ!あのなんかよくわかんないオーガニックみたいなノリのちょっと変わった人だ!!!」と思ってました、ごめんなさい。笑)いまとなっては勝手ながら「師匠のひとり」と言わせてもらっております(照)。

コンプレックスまみれだったあのころに、はっしーさんは「すみれは感性がいいよね」って、はじめてわたしの自分では評価しえない部分をすごく丁寧に褒めてくださって、それ以降もずーっとはっしーさんは一貫してわたしのそういう部分を褒めて認めて支えてくれて、おおげさじゃなくほんとうにそのおかげでいまのわたしがあるなと思います。2、3ヶ月に1回のペースではっしーさんが定期的に会ってくれてもはやメンタリングみたいなことをしてくださる理由が一時期わからなさすぎて、「わたしには最高すぎるありがたい時間だけどはっしーさんにはいったいなんのメリットがあるんだろう……」なんて思ってた時期もあって、正直それはいまだにわからないけど、でもはっしーさんがわたしに会い続けてくれているということは、はっしーさんにとってもきっとなにか意味のある時間なんだろうと、そう信じることにします←。

はっしーさんが「すみれは大丈夫だよ」って笑いながら言ってくれる様がもうありありと目に浮かんで(きっといままで何度となく言ってくださったんであろう……)、いまの時点ですでに泣きそうです。年明けお話しするときは、号泣するかもしれないしすごい淡々と話すかもしれないしわかんないんですけど、どちらにせよいつもみたいにわたしが洪水のごとくしゃべるのをやわらかい微笑みで聞いて、その後たくさんありがたいお話をして、最後ににやにやしてください。笑

はっしーさんにずっとずっと目にかけてもらえるような存在でありたいです!なので、ずっとずっとよろしくお願いします。

 

・塩崎さん

さすがに、いきなり着信入れてきたのは塩崎さんひとりでした(笑)。そういう塩崎さんの勢いみたいなもの、日頃からすごいなーと思いつつFacebook眺めてます←。

そういえば、わたしが人生一番の大失恋をした夜に一緒に飲み明かしてくれたのは塩崎さんでしたよね。駅は忘れたけど、泣きながら埼京線に揺られて埼玉まで行った記憶がある。いまさらですけどあのときは悪酔いしたと思いますごめんなさい(笑)。

思えばもう1年以上会ってないし連絡もとってなかったんですね……???そんなことをもろともせず先月会ったみたいなトーンでやりとりできる塩崎さん、わたしにとってはすごく心地いい存在です。年明けのお散歩!たのしみにしてますね!

 

・くみ

くみ~~わざわざアメリカからLINEくれてありがとう。そんでもって言いづらかったことを打ち明けてくれてありがとう。勇気を出してくれてありがとう。

わたしがくみとちゃんと関わったのってたぶん第一回第二回7DAYSのときくらいだけど、あの日々は濃すぎて、なんだかもっと長い時間だったような気がするね。くみは、わたしなんかじゃもう信じられないくらい気が利く子で、わたしなんかじゃぜったいに気付けないことに気付ける子で、あのころから心底すごいなと思ってました。7DAYSめんつはそれぞれに色が濃かったけど、くみに関してはなんというか、くみの得意分野ではくみに誰も勝てない追いつけないような、ピカイチの良さがあったなといまでも思ってます。

事前合宿だっけ打ち上げだっけ?とにかくくみとベッドでふたり恋バナしたの、懐かしいな~。留学から帰ってきたら、思い出話たくさん聞かせてね^^ お互いにとってのこれからが、いい季節でありますように。

 

・臼井

やあやあ似た者同士さん。きみからはぜったいにLINEくるだろうなと思ってたら案の定きたので、不遜にもひとりでにやにやしたよ。

臼井にはさ、こう言っちゃなんだけど同族嫌悪感じるくらい似た者意識があるんだよね。「うわーーー臼井キモい!でもたぶんこのキモさはわたしと似てるからだ!!!」みたいな(笑)。それがゆえなのかなんなのか、しばらく連絡とらなくても、お互いなんとなーくお互いの存在をゆるーく意識し続けてる感じあるよね。(気のせいだったら恥ずかしい。)インスタとかでゆるーくさ。そのゆるさと、メッセで急に核心に入る緩急みたいなのが、ウザいけどすきです←。

わたしたち、いつになったらちゃんと歩けるかなぁ。異性に頼らず自分の足で、な。……一生無理かもな^^←。でもそれはそれで我々の我々らしさなのかしら。

きみの地面もわたしの地面もぐっらぐらだけど、ずっとぐらついてるおとなも、わたしはきらいじゃないです。ま、お互い気長にな。

 

 

<Facebookでコメントをくださったあなたへ>

 

・念さん

後輩から「明さん」って呼ばれるとああこの子たちにとってわたしはずっと明さんなんだろうなーなんてしみじみするんですけど、なにって、わたしにとっても念さんはずっと「念さん」です。

バスケ部の先輩方4人はみんなそれぞれだいすきでしたけど、念さんは特にたくさんかまってもらったような気がします。実力差半端ないのに、1on1してください!!!!って言ってた時代懐かしい(笑)。こんなド下手くそに毎度付き合ってもらってありがとうございました……!

それにしても、あんな狭い大学で一緒だったのに大学でほんとに全然会わずじまいでしたね(苦笑)。タイミング合わなすぎてごめんなさい、、、。いつか!必ず!

これ言うの恥ずかしいんですけど、わたしが男の子だったら念さんのことぜったいタイプでした。そんくらいすきです。恥ずかしいので終わります。笑 また会いましょ!!

 

・りーぬさん

りーぬさん、実質1回しか会ってないのにTwitterで存在感ありすぎてぜんぜん遠い人には思えない!←

正直、りーぬさんの印象って「オリセンの喫煙所で煙草吸ってるファンキーなおねえさん」で、そのイメージがインパクト強すぎて、いまでもその光景忘れられません(笑)。でも実際はすごく丁寧にわたしの言葉選びを褒めてくださったりして、そういうギャップ(ギャップでもない、然るべきりーぬさんの良さなんですけど)すごくすきです。

ときにメンヘラ仲間として、ときにツイッタラ―として、ときにGLAYERとして、ときに的確なアドバイスをくれる先輩として、これからもどうぞ仲良くしてやってください。2017年もおおいに病んで、その度にまた元気になりましょうね!^^

 

・仙人

(いまだに仙人って呼び方でいいのかどうか迷ってるんですけど、)この度はわざわざコメントをくださってほんとうにありがとうございます。

新潟を訪れたのは仙人さんのところに伺ったのがはじめてで、あれはたしかまだ夏のころでしたね。「新潟の仙人のところに行って手作り流しそうめんしよう!」と突然木村くんに誘われたときは何事かと思いましたが、行ってみるとほんとうに至れり尽くせり歓迎してくださってありがたかったです。みんなで滝の上流にのぼって、わたしが死にかけて(笑)、そのあと美味しい果物にかじりついたのは、ほんとうに今年の夏のいい思い出です。

またお世話になることがありましたら、よろしくお願いします。

 

・萌ちゃん

萌ちゃん、ほんとうにひさしぶりだね~~高校卒業以来、かしら?

萌ちゃんの印象ですごく覚えてるのが、たしか高1のときの体育祭で、学年の歌の練習かなんかで萌ちゃんが学年みんなの前に立ったときのことなんだよね。「いい声だなぁ~」「なんかすごい独特な子!」ってのが、インパクトとともに残ってる。笑 クラスが一緒になったことはなったことはなかったけど、同じ文系同士だったし授業がかぶることもあって、「うまく表現できないけどかわいらしい子だなぁ(笑)」って勝手に思ってました。

誕生日一緒!ってのは実は言われるまで気付かなかったごめん!!!!でも、おかげさまできっとこれからは自分の誕生日のたびに萌ちゃんのことも思い出して、あったかい気持ちになれるんだろうなと思います。

いつかどこかで会えますように。お互い、それぞれにすてきな年のとり方をしていけますように。

 

・まるちゃん

めっちゃ勝手な印象だけど、まるちゃんってわたしのブログとか読まなさそうって思ってたので、単純にちゃんと読んでくれたことにまずありがとう。笑

まるちゃんは企画メシのころからずーっとわたしに気を配ってくれてて、それはまるちゃんの持ち前のやさしさでわたしにだけじゃなくてみんなに対してやってることなんだろうけど、それでもずっとその気配りがうれしかったです。アフターのときのみんなの自己紹介、たいがいふたりでぼそぼそしゃべってた気がする、みんなごめん。笑

企画メシ終わってからのLINEはほぼ9割方、競馬の予想をふたりで語り合うLINEになって謎の関係性だけど笑、なんだかんだお仕事忙しい中でかまってくれるまるちゃん、やさしさが一貫しててほんとすきだなって思います。

ただ彼女いるの隠してたのは(隠してたつもりはなかったのかもだけど言えよ←)まじゆるさん^^今度ぜったいはやけんとふたりで振られたのいじり倒すよろしく^^ 合宿のころには元気になってる予定!だからいろいろとよろしく!ね!

 

・ちーくん

きみとの付き合いも大学1年からだからもうかれこれ4年か、長いね~~。はじめて会ったのはいつだろう、クアトロの新歓かな?いやその時点ではすでに仲良かった気もする……。とりあえず、ちーくんの誕生日会をうちでやったのは覚えてる!いま写真見かえすとなかなかのめんつ←。こうすけとふたりで飲みにきたこともあったよね? あのころはやんちゃ友達(笑)みたいな感じだったのに、ひろあきからわたし、ちーくんとバイト誘いの連鎖でいつの間にかバイト仲間になって、いつの間にかお互いバイト先を牽引するような存在になって。お互い辞めるときに一悶着あったのはそろそろ時効……になってほしい。^^←

ちーくんとお互いの将来の話くっそ真面目にするようになったのはいつからなんだろうね? ちーくんが留学する前にスタバで長々語ったときは、まさかほんとにFora入ってくれるとは思わなかったなぁ。さいきんはどんなかしら。ちーくんの、本気になったときの真っ直ぐさとエネルギーには、ほんとに敵わないなって常々思ってます。慣れないことも多いだろうけど、きみのきみらしい良さが発揮されてくれればいいなって切に願ってる。

またなんでも話してくれな、そんでもって一緒に将来悩もうな。いつかきみとはまた一緒に仕事するときがくるような気がしてる。ほんとうにそうなってもならなくても、末永くよろしくね。

 

・春日くん

春日くんはリアルな意味で、今年の命の恩人大賞(笑)。仙人のところではじめて会って、ゆうきとかと一緒にそうめんやらなにやらたくさん食べて、川遊びでノリで滝をのぼっていって、そしたらわたしがまじで流されそうになって←。鯉のぼり状態で岩にしがみつくわたしに野口君とか爆笑してたけど、あれまじでたぶんわたしと春日くんだけは本気で「やばいこれ死ぬ」って思ってたよね(苦笑)。実際あのとき春日くんが引き上げてくれてなかったら、わたし滝つぼに落ちて死んでたと思うので、その節はほんとにほんとにお世話になりました(重かったろうにごめんなさい、泣)。

東京に来るタイミングでわざわざ飲みも誘ってくれてありがとう。春日くんの、いろんなこだわりだったり、その一方で人生気長にゆるっと考えてる感じとか、なんかうらやましいなぁすてきだなぁと思ったりしてます。春日くんの実家愛、ほんとあったかいなと思うからこれからも大事にしてね。東京に来ることがあれば、また!

 

・萌ねえさん

萌ねえさん~~余談から入るんですけどわたし萌ねえさんのファッションとお顔立ちがとてもすきです(真顔)。いっつもネイルとかまつエクとか綺麗にしてて、ベレー帽とかめちゃくちゃ似合うし、ああこんなおねえさんになりたい……って企画メシで会う度に思ってました。笑

たぶん、たぶんですけど、萌さんとわたしってどこかで似てるところがあって、たとえば高校とかで同じクラスだったらぜったい同じグループにいたと思うんです←。ずっとずっと飲みに行きたいと思いつつも、正直なことを言うと女の先輩で仲良い人ってあんまりいないのでどうやって距離を詰めればいいのかわからず←、いまに至ってしまいました、、、。すぐ恐縮しちゃうので、そのときは恐縮しすぎ!って言ってやってください。

似てるところがあると言いつつ、わたしになくて萌さんにはある絶対的に強いところは、素直さだなと(年下ながら)思っていて、わたしはすぐ穿った見方をして屁理屈をこねちゃうんですけど、萌さんの言葉とか企画書を見ていると、ほんとうに真っ直ぐな方なんだなぁとしみじみ感じます。でもたぶん萌さんも萌さんでいろんな修羅場とか経てそう……!と勝手に推測していて、それを確かめたい!萌さんのこともっと知りたい!!!(告白みたい!照)なので、こんな至らない小娘ですが仲良くしてあげてください。ゲスい話とか大真面目な話とかしましょう。ぜったい!

 

・どり

どりさん、なんか意外に会ってないよね? 杉山と一緒に3人で上野公園行ったときが最後、かな。『あなたの感じ、漢字で書きます。』って杉山の即興書道パフォーマンスに着いていったんだよね。わたしもどりも応援係みたいな感じだったけど、気さくに道行く人に声かけるどりの姿見て、「ああこの人ほんとうに路上パフォーマンスやってた人だ!すごい!!!わたしには無理だ!!!!」って思った記憶あるよ。笑

なによりラジオ収録!懐かしいね。誰かに、自分のためだけに、自分の曲を演奏して歌ってもらったことなんて人生もちろんあれがはじめてで、うれしくてはずかしくてでもほんとに感動して、やっぱり印象深いなぁ。わたしは文章、どりは音楽で、ツールは違うけど目指してる方向は似てて、ラジオ収録の前も後もたくさんしゃべったよね。

これは勝手な思い込みかもしれないけど、わたしにとってどりは、なんだかとっても眩しい存在です。芯があって、強さを秘めてて、きっとしんどいこともあるだろうにいつもキラキラ笑ってる感じがして。たくさんの人の思いを受け止めるのにはぜったいに、強い意志と根気と器の広さと、常人には抱えきれないほどの愛が必要で、それを保ち続けてるどりにはほんとうに尊敬の念で頭が上がりません。

最後に会ってから半年以上経って、わたしは自分がずいぶん変わってしまったように思います。そんなわたしとどりは、今度会ってどんな話をするんだろう。がっかりしないでね。笑 もちろん、そんなことする子じゃないってわかってるんだけどさ。年明けに会えるの、たのしみにしてる。^^

 

・小林さん

谷口のシェア投稿にコメントくださったという、ほんとうに間接的なアレでしたが、うれしかったです!直接褒められるのもうれしいけど、又聞きで褒められるとなんだかもっとうれしい、あの感覚でした。ありがとうございます!

 

 

<Twitterでコメントをくださったあなたへ>

 

・ぴよらっとさん

あああわたしからぴよらっとさんに贈れる言葉があまりにも少ないことをいまとても心苦しく思っております。ぴよらっとさんが何者かほとんどわからないし(それはTwitterランドの住人はリア友以外たいがいそうなんですけども、、、)、というかそもそもぴよらっとさんはわたしのTwitterみたいな雑多でうるさいアカウントをどうしてフォローしてくださったんだろう、、、。わからない、、、。おそらくタナカ経由ではあろうと思いますが、、、。恐縮の極み、、、。

とにもかくにも、ぴよらっとさんが直接リプでくださった言葉、そしておそらくブログからの考察で書いてくださった言葉、わたしなりにしっかり受け止めさせていただきました。「そこにあるものを否定しない、しかしそれを盲目的に肯定しない」というぴよらっとさんのあり方、すてきで見習いたいなと思います。ほんとに。ほんとです。

ちょっと余談ですけど、Twitterに自分のブログをシェアするのってFacebookよりも格段に緊張するんですよ。自分のために書いてる散文とかならまだしも、あの手のブログってどう拡散されるかわからないので……。そんな中で真っ先にあたたかいお言葉をもらって、ほんとうに救われた気がしました。改めてありがとうございます。いつの日か、必ずやお会いできますように……!ぴよらっとさんの毎日がしあわせなものでありますように。

 

・ともんきち

なんできみは出会ったころからわたしのこと「ねえさん」って呼んでるんだろうね。タメなのに。笑 わたし、きみに敬われるようなことした覚えはさっぱりないんだけどな……^^

なんだかんだこまば秘密基地時代からだから、付き合いは2年以上かな? あのころからちょっと変な奴だな(あとイラストがかわいいな)とは思ってたけど、永田くんのおかげで(永田くんのせいで?笑)、改めてともんきちのヤヴァさを痛感してとってもすきになりました◎ 3人で飲んだのたのしかったなー!あの会意味わかんないからまたやりたい!

永田くんも師と仰ぐように←、ともんきちの感性はほんとに天才的だと(煽りじゃなくほんとに!)思ってるので、ずっとずっと大事にしてください。社会に潰されないですくすくと育ってほしい(誰)。お互い何者になっていくかさっぱりわからないけど、勝手ながらともんきちの将来をたのしみにしてます!そしてそして、いつかぜったいともんきちのヤヴァさについて書かせてください^^←

 

・ゆうき

そういえばさ、2016年のはじまりに書いたブログ、ゆうきめちゃくちゃ褒めてくれたよね。たったいま思い出したわ。今年はゆうきに文章褒められてはじまって、また褒められて終わるみたい。笑

ゆうきとは第一回7DAYSのほんとうに初日、「あ、こいつとはぜったいウマが合う」って思ったの覚えてます。これは今だから言えることなんだけど、エンパシーウォークの2人組決めるときさ、目つぶって手を前に出してさいしょにぶつかった人、っていうルールだったじゃん? あれ、実は目をつぶる前にゆうきのいる方向確認して、よーしあっちに歩こうと思って歩き出したんだよね(笑)。見事ぶつかったのは、完全にふたりの運だけどね?←

洋平さんと3人で調布飲みしたり、一緒に仙人のところに行ったり、ゆうきの彼女の誕プレ選びに付き合わされたり(これ言っていいのかな)、なんかゆうきとはいろんな関わり方してるなーと思いつつ、でも結局最後はいつも飲みながらゲスい話してる気がする(笑)。

真面目なこと言うと、ゆうきとは考え方みたいなものも、お互いの脳みその辞書も、何から何までぜんぜん違うと思ってて、だからぶっちゃけときどき話しててイライラもするけど笑←、それも含めてなんでか急にゆうきと話したくなる瞬間ってのがあるんだよね。不思議。でも「ゆうき色」みたいなのが一貫してあるのが、たぶんきみの魅力なんだと思います。なんか謎に悔しいけど。笑

来年もまた、我々のソウルシティ・調布で。(我々って書いたけどわたし別に調布にゆかりなかったわ。)タイミング合わなすぎるガールだけど、根気強く仲良くしてあげてね!

 

・おうゆかちゃん

だめだ、、、おうゆかちゃんのこと考えると「すき」と「かわいい」しか言えなくなる、、、。ほんとにすき、、、すごいかわいい、、、女の子の後輩ぶっちゃけ苦手なのにおうゆかちゃんはかわいすぎて一生愛でたい、、、だめだすきほんとにタイプなのゆるして、、、。

真面目な話、知り合うずっと前から(というかはじめて見たときから)、「この子かわいい仲良くなりたい、、、」と思ってて、でも学科が同じひとつ下の学年ってだけのつながりでいきなりナンパしたらキモいかなってチキってずっと声をかけられず……。だからTwitterとおしてだけど会おう!ってなれたのほんとにうれしかったし、はじめてお茶した日ほんとにデート行くみたいなドキドキだったし、信じられないくらい話も合って、なんでもっとはやく仲良くなっておかなかったんだろう!!!って思った。

うちの大学の生徒ほんとうにみんな真面目だから(これは皮肉ではなく心底褒めてる)、わたしたちみたいなのってぶっちゃけそこに居るだけで浮くじゃんか←。 別にそれをしんどいとか思ったことはないけど、とはいえアウトローにはアウトローなりの一抹の寂しさみたいなものもあって、それをおうゆかちゃんとは共有できたような気がして、なんというか「戦友に出会った」感じでした。「留学しない休学」ってのをちゃんと実行に移したのはすごいつよいと思うし、実際デザインの勉強ほんとにがんばって仕事にしてる姿見てると、後輩ながら尊敬します。わたしもはからずも休学勢になったから()、おうゆかちゃん見習ってちゃんとやりたいこと形にしなきゃ~~!

ていうかデートしようね。女の子同士で会うことをいちいちデートって呼ぶのどうなんって思ってる人間だけど、おうゆかちゃんと会うのはまじでデートだから(真顔)。こんなウザめな先輩だけど、ずっとずっと可愛がらせてください~~!!!

 

・こまけんさん

タナカのお知り合いのバンドマンという情報しかわたしはこまけんさんの情報を持っていないのですが!!!!(笑)、すっごく丁寧なコメントをくださって、ほんとうに嬉しかったです。わたしがタナカの知り合いだからって急に恥ずかしがらないでください←。こまけんさんがどんな方であろうと、あのときこまけんさんがわたしに届けてくださったお気持ちは本物です!胸を張ってください!!(誰)

いつかライブハウスでお会いしましょう^^

 

 

 

【わたしが勝手に頼ってお言葉をくれていたみなさん】

ブログうんぬん関係なく、さいきんのわたしを支えてくださったみなさん。

ほんとうはここに名前を連ねる人にこそ長々書くべきなんだけど、この人たちに長々書いたらまじで遺書になるので全体サクッと済ませる。あなたたちには普段から愛をばらまき続けることにします。(てかしてるつもりです。どうぞよろしく。)

 

・ことえ

こっちゃんのメッセスピードはまじではやかった。Twitterにおけるわたしの異常をすぐに察知してソッコーでLINE飛ばしてくれたのがことえでした。「おんなじトーキョーで生きてる友達はいくらでもいるのだから」「なんかできることあれば連絡して来いっつってもお前絶対しないけど」「しろ」「以上」って、こんな愛と理解のあるLINEをわたしは他に見たことがない。そうなのよネ、わたし同性に頼るの苦手なのよネ。それを把握した上での「しろ」がサイコーにクールでした。すき。いやほんとすきやでわかってるだろうけど。いやわかっとけ。まじで重く受け止めろ。ま、せいぜい一緒に生きていこうな。

 

・かいくん

意気地なしの戯れ言に、たくさん付き合ってくれてありがとう。出会った年の冬に電話してたころからお互いいったい何を成長できたかしらなんて思うけど、きっとちゃんと成長してるよね。てか成長なんてしてなくてもいいよね、別に。右肩上がりが善なんて誰が決めたのってな、同じとこぐるぐる回ってても別にいいじゃんかってな。てか、わりとほんとに、わたしにとってきみの存在けっこうおっきいからね。それだけは冗談じゃなく。はからずも同学年になっちゃうけど、これからもきみのねえさんでいさせてね。

 

・なっく

あーーーーしんどい、でも逆に近しい友達には言えない、と思ってたころ、なぜかメッセ飛ばしたのがなっくでした。「それにしても支離滅裂クイーンみたいなとこあって情緒界の希望だったすみれさんがなぜそんなことに」ってメッセには、(あのころではありえないけど!)声上げて笑いました。しかも結論が「筋トレしましょう」になるのほんとサイコーかよ。なっくの、表情のみならず全身全霊でわたしの話にリアクションしてくれるところがだいすきです。ありがとな。

 

・たつき

なんでかけっこうはやい段階でたつきにはメッセしたんだな~~なんでだろ。わかんないけど。(たのきょー差し置いてごめんねあなたのこともわたしめちゃくちゃすきなのよ。)たつきが岡山行っちゃうのまじでほんとにだいぶかなりさみしい。いやぁさ、ワンチャンいまからでも会いに行ける距離にいて会ってないのと、実際なかなか会えない距離で会わないのってわけが違うじゃんか。またたのきょーと3人で飲もうな。焼肉ランチも行こ、んで雪の日にたのきょーんち行こ。な。

 

・相良

直接LINEこそしなかったけど、Twitterの裏アカの方でだいぶはやいうちからリアクションくれてたのが相良だったよな~~。なんだかんだ相良とはいろいろと歴史が濃いから、言葉少ななやりとりでもなんとなく通じ合える気がするような。気のせいじゃないといいけど。鹿児島で会いたかった!相良に会いたいなんて日が来るなんて女バス時代には考えもしなかった(笑)!ま、どこかのタイミングで会えたら、くらいのゆるさで末永くどうぞよろしく。

 

・こんちゃん

わたしさ、ほんとのほんとのほんとのほんとに、今年、というかわたしの人生において、こんちゃんという人間に出会えてよかったと思ってるよ。こんちゃんと会社で同期になれないことが想像以上にめっちゃかなしいしさびしい。こんちゃんが少しずつ少しずつわたしに自己開示してくれてることが、さいきんは日々うれしく思ってます。何度でも言うけど、(「開く」ことにおいて)無理はしないでね、それからやたらに自分のこと卑下しないでね。わたしがこんちゃんのことすきって言ってるんだから、それはこんちゃん含め誰にだって否定させません。

またディズニー行こうね。とりあえずはやく東京来やがれ!!!!!!!!!^^

 

・高野さん

なんなんでしょうね、この高野さんとわたしの関係。(語弊があるかしら……←。)焼肉にしても朝活にしても、高野さんとふたりのときのストレスフリーな感じが半端ない。気遣いがまったく必要ない。(これって褒めてるのかしら、、、)。「留年して学ぶ時間が増えるね」ってのはすてきな切り返しだったなーと思います。来年も学生なので、可愛い後輩に奢ってやってください(はーと)。地味にお世話になりました!

 

・しろむくん

しろむくんとわたしの間の空気感ってさ、なんか独特だよね。おしゃべりするときも、LINEのときも。不意にLINEしてもされても、一瞬でその空気感がふたりの間に流れるというか、そういうのがなんかちょっとくすぐったくて、でもとっても心地いいなと思います。似た者同士のロマンチストふたり、って感じかしら。笑 思えばまだまだ歴史の浅いわたしたちだけど、これからも気長にお付き合いいただけると嬉しいです。

来年には、そのずっと先には、いったいどんな場所に立ってるんだろうね、わたしたち。当たり前でもそうじゃなくても、お互いわらえてるといいね。

 

・りゅうちゃん

りゅうちゃんはなんというか、ジャストミートなタイミングで知り合ったような気がする。たぶん。「この人の前では思いっきりこじらせてても大丈夫だな」みたいな人はそもそも貴重だし、なんと言うか、「この人の前ではこじらせてていいし、かつこじれたものを一緒に検討して、ときにそのこじれをほぐせたり、ときにもっとこじれたり、まぁとりあえずなにかしら進展があるな」と心底思えるのは、りゅうちゃんだけな気がします(笑)。なんかアレだけど褒めてるからね←。来年はこだまが息を吸うように浮気しないかどうかちゃんと見張っててください。頼んだ。

 

・みちろうさん

東府中の心療内科で精神的に半殺しにされてたあの日、まじでみちろうさんが半日ずっと話してくれてよかったです。ほんとに救われましたお世話になりました。みちろうさんって強いけど弱くて、わたしと似てるけど全然違ってて、正論マンなのに矛盾も抱えてたりして、なんというか、人間的にほんとうにすきです。まじです。ええと、んっと、いろんなことひっくるめて←、来年もどうぞよろしくお願いします。

 

・くすやま

きみは7割方わたしのこと馬鹿にしてるやろと思ってるけど←、とはいえ普段からくすやまに話すとどんな重いことでもなんかとりあえず面白い感じになって軽くなっちゃうの、けっこう感謝してたりしてなかったりします。今回の件に関してはすげえ真っ当に真面目な励ましの言葉くれて、なんだよこいつ真面目かよ!ってなりました。日本がくすやまの独裁国家になって破滅するところはまじで見たいので、その日までは死なずに生きておこうかななんて思います。

 

・翔太

しょーたとの4年は、たぶん実際の密度はたいして濃くないんだけど、体感としてはすっごく濃くて、なんだかんだスペインにいる間も不意にやりとりしたりして、わたしの中ではしょーたってずっとずっと「うまく言えないけど特別な人」です。会いたいけど会いたくないけど会いたいな~。約束はしたくないけどな、お互い「約束不精」だから(苦笑)。まぁでもそのうち会お、ふたりともそれなりに元気なときに、さ。

 

・祖父江

祖父江には世話になりっぱなし、(そして世話しっぱなし)の4年間だったねぇ。祖父江とはなんとなく、「歩みを共にしてきた」って感じが強いなぁ。いまだにこの大学に入ったの間違いだったと思ってるけど笑、祖父江に出会えたことはほんと唯一と言っていいほどの救いだったなぁ。いやーでもさ、わたしが病んで留年して祖父江がストレートで卒業するの、なんかちょっと面白くない????逆やろ!!!!!!!(笑)祖父江め~~おとなになりやがって~~。

静岡で病んだら言ってな。わりとすぐに飛んでいく自信あるで。ほんとに。てかさみしいから病まないでも呼んで。ね。

 

・おけたに

いつの間にうちらこんな仲良くなったん???ってのを考え出すとなんかわらえる。同級生になるのはもっとわらえる←。なんだろうねこのおけたにの安定感。8割方あしらわれるけど2割くらいはすげえちゃんとかまってくれる感。こんなに好き勝手言える後輩の男の子ってほんとにおけたにだけだわ。あ、同輩になるのか。いやまじで爆笑やろ←。来年もかまってね!!!!!4割くらいかまってね!!!!!!!!!

 

・ふゆきさん

会えよばか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!帰省理由の半分くらいは「ふゆきさんに会いたい」なのに、ぜんぜん会えた試しがないんだけど。前回もわたしがアップルストアまで行かなきゃ会えなかったやん。会ってよ。こんなにすきなのに。(重い元カノみたいだな、、、。)来年はぜったい会いたい、あるいは東京に来て。飲も。

 

・雅貴

まぁ毎年世話になってるね。わたしにとっての定点観測。改まってありがとうとか言うのなんか照れくさいからやめる←。今度いつ帰省するかわからんけど、まぁその日までお互い元気でな。

 

・藤村

雨降って地固まるというか←。ふたりにとってあまりにもたくさんのことが起こった年だったね。でもなんだかんだ、いまくらいの距離感がきっといいよ。来年も、お互い気張りすぎず、な。

 

・りさ

鬱の話とブラジャーの話を同時進行でできる相手なんて、世界中探してもりさしかいないなと思います。りさはなんというか同志だと思ってるので、まぁ、うん、これくらいでええやろ。2017年もアホみたいなLINEして爆笑させてな、うむ。

 

 

 

・名前を言えないおにいさん

いや言ってもいいのかもだけど。今年最後の最後で、あなたという人に出会えてほんとうによかったです。いやまだ出会ってないんだけど。まじですみれ史に名を残す恩人になることは間違いないと思います。……いやまだ出会ってないんだけど。これからおおいによろしくです。

 

・名前を言えないあの人

あなたに出会ってしまったのは正しかったのかしら、なんて。いやはや今年の5月を生き抜いたのは間違いなくあなたのおかげです。いっつもずるい人だけど、それはまぁおあいこ様。また出会えたら、いつか。

 

・名前を言えないきみ

地面がグラグラしてた原因のひとつはまぎれもなくきみだけれど、でも、今年のわたしがなんとか立っていられたのもきっときみのおかげでした。きみとのすべてに、なにひとつ後悔とかはないです。たのしかった。ありがとう。

 

 

 

・杉山

杉山のぶっきらぼうな励まし方が、いつもいつもほんとうにすきでした。(なんだこの文言遺言っぽさやばい)来年もどうぞ絶妙な立ち位置でわたしのウザ絡みに対応してやってください。

 

・谷口

実は、なんだかんだトータル今年一番世話になったのは谷口なんじゃないかって思ってる。高校からの付き合いってのが案外地味にいい味出してるのかもね。また美味しいごはん作ってね。ほんとに、心の底から、いつもありがとう。

 

・小玉

そろそろ結婚し……だめだ油断するとプロポーズしてしまう、、、。あざとくやさしく、こんなわたしにかまい続けてくれてほんとにありがとう。小玉とのなんともない時間が、世界でいちばんだいすきです。どうか小玉が、(たとえわたしじゃない女の子と、だとしても)しあわせになってくれますように。

 

・亀岡

実は今年はあんまりうまくきみに頼れない年だった!(察してるかもだけど、?)でもやっぱり、会えばわたしの全存在をそこに置いていける相手だなと思います。来年はもうちょっと頼るかも、ゆるしてね。

 

・タナカ

我々は別れてはくっついてを繰り返すカップルかよ()。でも結局はそばにいてくれてありがとう、何度も言うけどそこらの男よりはよっぽどきみのこと愛してます(今年も今年とて重い)。来年も、まぁせいぜいぼちぼちやっていこうな。介錯役は任せろ。

 

 

 

【special thanks】

 

・特にメッセとかコメントとかしてないけどブログ読んでなんとなくわたしのこと気にかけてたよーっていうそこのあなた

・別にブログとか読んでないけどそういえばすみれ元気してるかなとかたまに思うよーってそこのあなた

・お世話になったすべてのみなさん

 

・なんといってもお姉ちゃん。お兄ちゃん。お母さん。お父さん。

特にお姉ちゃんには信じられないくらいたっくさん迷惑をかけたね。お姉ちゃんが、わたしのお姉ちゃんでいてくれてほんとうによかったです。ちょっとごめんだけど、あんまりうまく言葉にできそうにないです。心の底から、ありがとう。

 

 

***

 

 

以上!疲れた!肩凝った!あなたたちのおかげで、なんだか生き抜いちゃったよ2016年。困ったなぁ。

 

どうかみなさんが、それぞれに心地いい場所で、しあわせになれますように。全力の愛と祈りを込めて。

 

 

鬱の子どもが両親に向けてずっと言えなかったこと

 

これからわたしは魂を込めて文章を書きます。ところどころ語調など乱れることがあるかもしれませんが、多めに見てくだされば幸いです。

わたしは今年の11月に心療内科で「うつ状態」と診断されて、12月の中旬から九州の実家の方に帰ってきています。最寄りのコンビニまで車で10分かかるような辺鄙な田舎です。

『わたし』について簡単に説明すると、東京のとある国立大の4年生で、内定もすっかり決まってあとは卒業するだけ、という状態にありました。家族構成は父、母、9歳上の兄、4歳上の姉、わたしという5人家族です。両親は自営業で、裕福とは言えませんが貧乏でもない暮らし向きで、兄や姉がグレるなどの問題はありましたが、おそらくそれなりの一般家庭にもよく見られる程度の問題であったと思われます。『わたし』は小5の段階で塾通いを自ら所望し、私立の中学に進学、高校は県下の公立高校では一番のところに行って、大学は浪人こそしたもののそれなりの有名大学に入り、自分で言うのもなんですが、「手のかからない子」として育ってきました。

本題に戻ると、わたしは実家で両親とわたし3人で過ごす生活が、いまとてもしんどいのです。でもそれは決して、両親の扱いがひどいとか両親が嫌いだとかそういう話ではなくて、むしろ逆なんです。そのことを今日はここにしたためたいと思い筆をとりました。

はじめに断っておくと、わたしは医学的な専門知識があるわけでも、鬱に関して詳しいわけでもありません。なので、もしかするとわたしがこれから書くことは例外的なことなのかもしれません。けれど、『わたし』というn=1において、これから書かれることが「ほんとう」であることはたしかです。どうかそういう前提で読み進めてください。

わたしは自分が鬱っぽい性質を持っているということを、大学1年生の冬から自覚していました。そしてその「鬱の大波」は、2年の冬や4年の春などにもすでに襲いかかってきていました。けれどわたしはその度に、友人や当時の恋人(に準ずる人)に頼って話を聞いてもらったり一緒にいてもらったり、単位に支障がないように大学をうまく休んだり、新しい活動や新しい人間関係に目を向けたり、単純に大波が去ってくれることをじっと堪えたりして、なんとかそれを越えてきました。けれど11月に起こったとある出来事がきっかけでまた大波がやってきてしまって、いままでは結局「人」や「時間」に頼ってきたけれど、卒論を書かねばならない授業に出なければならない今の時期に悠長なことはしていられないと、「薬」に頼ることに決めて、自ら心療内科を受診しました。つまり、その程度の判断力はありました(今もあるつもりです)。けれど抗鬱剤というものはそう簡単にすぐ効くわけでもないので、わたしは卒論が書けない学校に行けないという状況になってしまって、これは卒業を延期するしかないという結論に至りました。

正直、故郷に帰ってきたのは両親にその報告をしなければならないと思ったからで、実家で長期療養をする気は最初からありませんでした。姉が説明を助けてくれた部分もあって鬱に関しての両親の理解はすこぶるはやく、「いくらでも休めばいい」と言ってもらえました。それについてはほんとうに感謝しています。

話はここからで、両親はどうやら実家の方で(あるいは実家近くの病院で)長期療養することを望んでいるようなのです。これには少し背景もあって、実は父と兄もかつて鬱病を患ったことがあって、ふたりとも入院が必要と判断されるほどの切迫したものでした。たしかに、たとえば「見ている人が常にいないといまにも自殺や異常行動を起こしてしまう」ような状態なら保護者は必要なのかもしれません。ですがわたしはそもそも「うつ状態」であって「鬱病」と即刻診断されるような状態ではありませんし、実際こうやってある程度冷静に文章を書けるほどの思考能力はあります。

厄介なのはむしろそこで、「思考できる」状態なんです。鬱の(少なくとも『わたし』の「うつ状態」の)なにがしんどいって、自意識とか自我とかそういうものに向き合わざるをえないループに陥ってしまうことなんです。わかりやすく言うと、頭でっかちに「こうこうこうだからこの世界に希望はない」「あれがこうであるならばわたしに生きている価値はない」という風な思考から抜け出せなくなることがしんどいんです。でも実家にいると、東京の友達には会えない飲みにも行けない、勝手にごはんは出てくる(それはもちろんとても有難いことではあるのだけれど)、買い物や散歩以外の外出はない、うちの場合は自分でコンビニにさえ行けないもちろんその他のたとえば東京でしんどいときに世話になった映画館や美術館や友達の主催するイベントにも行けない、Wi-Fiは通じないからYouTubeをあさることもできない、18時には夕食が終わるから夜がとてつもなく長い……つまり、ほとんど「思考すること」しかできない状況なんです。両親は「ゆっくり休んでいる」と思っているのかもしれませんが、ベッドで横になりながらわたしは無限に思考せざるをえないんです。鬱をこじらせる原因となったたくさんのものに、嫌というほど向き合わなければならないのです。

そしてこれはなかなか言いづらい話なのですが、「自我と向き合う」という作業において、「両親」という存在は大きな問題にならざるをえないファクターなんです。それがたとえとても慈愛に満ちていて“ただしい教育”をしてきた両親だったとしても、それとこれとは別問題なんです。わかりやすい例を言えば、「なんで別に自分が生んでくれって望んだわけじゃないのに両親はわたしを生んだんだろう」とか、「自殺したら両親に申し訳ないって感覚はいったいなんなんだろう」とか。

わたしの両親は、たしかに人間的に完璧なわけではないし、“ただしい教育”をできなかったのかもしれません。でも“ただしい教育”なんてものはないとわたしは思っていて、そんなものはただの幻想で、だからわたしはわたしの両親が“間違った教育”をしてきたとも思っていません。虐待を受けたわけでも放置されてきたわけでもなく、両親は両親なりにせいいっぱいわたしを育ててきてくれたと思います。それはいまだってそうです。両親は愛とやさしさをもってわたしの状態を受け容れてくれて、これから病院やら留年分の授業料やら余分にお金がかかることに文句も言わず、美味しいごはんを作ってくれて布団を干してくれて、そういう部分に関してはほんとうに感謝しています。

けれど、わたしはもうこれ以上実家で自分と向き合い続けるのは無理なんです。両親のやさしさに窒息しそうなんです。

——余談かもしれませんが、ここ数日は伊藤計劃の『ハーモニー』を読み直して日々を過ごしています。《やさしさの真綿で首を絞められるような世界》。

「あなたたちのやさしさがしんどいんです」なんて両親に言えるはずがないと、そんなことを言ってしまえば両親の方が気を病んでしまうと、わたしはこの数日「ほんとうのこと」を押し黙ってきました。けれど今朝起きた瞬間に今日という一日に絶望していることに気付いてしまって、むしろ悪化してるじゃないか、と悟ってしまったのです。わたしはもっぱら夜と昼下がりにしんどくなるタイプで、朝方しんどいというのはこれまでたいしてなかったのに。

今日もきっと、11時半に昼食に呼ばれて(起床即昼食なので正直食欲はない)、13時の母の買い物に付き合うことになって、15時ごろウォーキングか温泉に誘われて、18時には夕食があって、長い長い夜があって。ずいぶん前に禁煙した両親に隠れながら煙草を吸って。自室に腐るほど残っている過去たち——写真や日記、手紙に模試の結果まで——に埋もれて。東京にいるすきな人にどうしようもなく会いたくて。

朝っぱらから絶望の底にいて、けれどはたと、わたしのいま向かうべき目的は、わたしが元気になることではないか、と思い至ったのです。わたしはいま両親を傷つけないことを目的に据えていても仕方なくて、伝わってくれないだろうなんて諦めても仕方なくて、わたしはわたしがこのままゆっくり窒息死していくのを待つんじゃなくて、元気になりたいという気持ちはあるのだから、そういう環境を自分で作らなきゃいけない。東京ではたしかに常に人といられるわけではないからしんどいこともあるだろうけど、それを和らげるためにお薬があるわけで、幸いにも友達は多い方なので頼って迷惑をかければいいわけで、わたしはわたしが死なないためにそうしなきゃいけない。という結論に至ったわけです。

そんなわけで、1月2日に羽田に向かう航空券を勝手に購入しました。しばらく、それこそ「元気になるまでは」戻ってこない、予定。

「そんなのは親が納得しないよ」「お兄ちゃんもぜったい反対するよ」「あんたが親だったらどう思うよ?」「心配な親心をわかってあげて」「すぐ東京に戻ったら休学したいだけの仮病だったんじゃないの?って疑われるよ」「もう少しゆっくり考えてみなよ」なんて姉に言われたけれど、家族の納得や賛成に従っていたらいまのわたしは悪化していくだけだし、わたしが親だったら心配でも子どものしたいようにさせるし(だって親の人生じゃない、子どもの人生だもん。たとえばその結果子どもが自殺したとしても、ね。子どもの人生は子どもの人生、親にとても世話になっていて感謝していても、それは親の人生ではない)、仮病だなんて言うような親ならもはや親子の縁を切るし、もう十分すぎるくらい考えた。わたしはいまの自分の自我よりも、「これからの自分」に目を向けたい。そうしなきゃたぶん沼にはまっていくだけ。だから人に会いたいし、話したいし、研究なりバイトなりなにかしらの活動がしたいし、でも詰め込みすぎるといっぱいいっぱいになるから、適度に休んでひとりになって、うまく考えてでも器用に思考停止して、前に進みたい。そのためにはとにもかくにも東京に戻る必要があるのです、よ。(わぁ我ながらとても元気みたいなことを書いてる。すごい。)

もしも我が子が鬱になったご両親の方にわたしから伝えられることがあるとすれば、「鬱にもいろいろな形があって本人の思いがあって、あなた方が必要な場合もそうでない場合もあります。心配で目の届くところに置いておきたいかもしれませんが、それがむしろ子を苦しめている可能性もありうるということを、心の片隅に置いておいてください」、と。

それから先にも触れましたが、子どもの人生は子どもの人生です。少々ラディカルなことを言うと、子どもは望んで生まれてきたわけではなくあなた方の“勝手”で“生まされて”きたわけですから、最低限の世話と金銭的補助はその“勝手”に対する然るべき義務です。「いままで手塩にかけて育ててきた」なんてことは、あなたが子どもの人生に過干渉する理由にはなりません。「親より先に死ぬことは最大の親不孝」なんて言葉が暗に示していますが、子どもにとって親の存在はカルマとも言えるんです。(だって「親に申し訳ない」だとか言う理由で子どもの選択が制限されるなんて業じゃないですか。たとえそれが『自死』なんて選択肢であっても、ね。)

繰り返しますが、わたし自身は両親に感謝していますし、恩返しがしたいとも思っています。でも今回ばかりはわがままを通させてほしいと思います。わたしの生存のために。

そして注意書きのように付け加えますが、わたしは専門的な知識があるわけはないので、鬱の子どもに対する“ただしい”接し方というものはわかりません。困った場合はお医者さんやカウンセラーなどに相談なさってください。それは子どものためであり、かつあなたの人生のためでもあります。

——客観的にどうなんでしょう、「このくらいの文章が書けるならきみは元気だ」って思われるんでしょうか、それとも「ああこの子はたしかに鬱だな」って思われるんでしょうか。どちらでも構わないのですが、わたしがこの文章に魂と実存をかけた、ということだけはここに改めて記しておきます。

 

「親心」からくる慈愛がすれ違って、子どもを圧殺するなんてことが少しでもなくなりますように。

「親を傷つけたくない」なんて理由でどんどんひとりで傷ついていく子どもが、ただ自分を救うために一歩踏み出せますように。

そんなお節介な祈りを、最後に込めて。

 

 

追記:

友人が、『ちなみにうちでは「わたしに(恩を)返さんでええから、あんたの次に返しな」と(親から)言われてる』と言っていて、すてきな規範だなと思いました。子どもを持つ気はいまのところないけれど、あるとすれば、言ってあげたいな。